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福岡地方裁判所 昭和48年(行ウ)26号 判決 1977年1月27日

原告 株式会社玄洋社

被告 中間市外遠賀郡四ケ町環境衛生施設組合組合長

主文

被告が、原告からなされた昭和四八年二月一二日付し尿浄化槽清掃業許可申請について、昭和四九年一月四日にした不許可処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、本店を肩書住所地に置き、清掃作業をその営業目的の一つとして設立され、し尿浄化槽の清掃業については、従来北九州市管内及び中間市外遠賀郡四ケ町管内を活動範囲としてきた会社であり、被告は、中間市、水巻町、芦屋町、岡垣町及び遠賀町の一市四町が各管内におけるし尿処理に関する事務を共同して処理する目的で地方自治法二八四条一項の規定に基づき設立した中間市外遠賀郡四ケ町環境衛生施設組合(以下「組合」という。)の組合長である。

2  ところで、し尿浄化槽清掃業務は、昭和四六年九月二四日施行の廃棄物の処理及び清掃に関する法律(昭和四五年一二月二五日法律一三七号ーただし、昭和五一年法律六八号で改正前の法律ー以下「廃棄物処理法」という。)九条一項によつて、市町村長(本件の場合、組合の設立に伴い被告である組合長)の許可を受けなければならないと定められたため、原告は被告に対し、昭和四八年二月一二日し尿浄化槽清掃業の許可申請をなしたところ、被告は昭和四九年一月四日付で、(1)原告と同系の株式会社全清公社に対しすでに許可を与えている。(2)管内浄化槽設置状況からみてこれ以上の許可業者を必要としない。(3)地元零細業者の育成。との理由を付して不許可にする旨の処分をし、同月七日ごろ原告に通知した。

3  しかしながら、右不許可処分は次のとおり違法であるから、取消すべきである。

(一) 廃棄物処理法はその一条に明言するところからみて、何よりも住民サービスの向上を目的とするもので、「地元零細業者の育成」を目的とするものではないから、同法九条一項に規定するし尿浄化槽清掃業の許可についても、右目的に副うように解釈運用すべきものであり、同条二項に基く施行規則六条が許可基準について設備、器材及び能力に関する詳細な制限を設け、また同条三項に基く同規則七条が許可を受けた業者の清掃基準につき厳しく規制しているのも、すべて右の趣旨に出たものと解すべきである。ところが、被告は、前記各規定に定められた基準すべてに適合する原告に対しては、検査も行わないで不許可処分にし、原告とほぼ同じころ許可申請をなした業者に対しては、原告に対抗する能力を有しないにもかかわらず、許可を与えたことは、前記の立法の趣旨ないし目的に背いて零細業者の利益保護を優先せしめたものであるから、本件不許可処分は違法である。

(二) 原告は、廃棄物処理法施行以前から組合管内において、し尿浄化槽清掃業を営み、相当数の顧客を有していた実績ある業者であるから、右営業について、既得の財産権を有していたものである。それにもかかわらず、原告が法令に定められた許可基準に適合しないならばともかく、組合管内の他のいかなる業者にも勝つて右基準に適合しているのに、被告があえて原告に対し不許可処分をなしたことは憲法に保障された財産権を侵害し、違法である。

(三) 被告が、前記2の(3)記載の理由で原告に対し不許可処分をなしたことも、原告の本店が組合管内にあるか否か及び企業規模の大小により原告を他の業者と不当に差別するもので、憲法に保障する法の下の平等の原則に反する違法なものである。

二  請求原因に対する認否並びに被告の主張

(認否)

1 請求原因1及び2の事実は認める。

2 同3のうち、(一)は争う。(二)は、原告が廃棄物処理法施行以前から組合管内において、し尿浄化槽清掃業を営み、相当額の顧客を有していた業者であることは認めるが、その余は争う。(三)は争う。

(主張)

被告のなした本件不許可処分は次のとおり合理的理由があつて適法である。

(一) 昭和四五年三月、丸十衛生社こと太田藤彦と原告とは、組合管内の業務を統合し、両者折半出資で株式会社全清公社を設立し、右太田と原告の代表者である重岡重俊の両名がその経営にあたるなど、原告の同系会社である全清公社に対し、被告はし尿浄化槽清掃業の許可を与えている。

(二) 組合管内に設置されている浄化槽は約四〇〇件程度であるところ、多数の業者を許可することは過当競争となり、住民サービスの低下ともなる。

(三) 原告は北九州市内を主たる営業区域とするところ、組合管内を営業区域とする許可申請業者は原告に比しいずれも零細業者であつて、過当競争となれば倒産するおそれがあり、また地元業者の健全な育成をはかる必要もある。

三  被告の主張に対する原告の反論

1  (一)について。

原告が、全清公社に統合したのは、組合管内におけるし尿汲取業部門のみで、浄化槽清掃部門は右統合の前後を通じ全く無関係にそれぞれ業務を遂行してきたのであるから、右浄化槽清掃部門について原告と全清公社を同系とすべき根拠はない。

2  (二)について。

原告は、他の業者とほぼ同時期に本件許可申請をなしたにもかかわらず、他の業者には検査のうえ早々に許可を与えながら、原告には約八カ月の長期にわたり検査さえなさず、管内の浄化槽設置状況からみて、すでに相当数の業者に許可を与えてしまつているからこれ以上の許可業者を必要としないというようなことは、不許可の理由とはなり得ない。

3  (三)について。

元来浄化槽清掃業には相当程度の設備及び技術陣容を要するから、顧客数が少い場合は採算の合わない業種に属する。したがつて、被告が地元零細業者の保護・育成を望むならば、統合による経営規模の拡大など、別途考慮すべき政策問題にすぎない。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

二  原告は、本件不許可処分は違法であると主張するので、以下この点について検討する。

1  前記一の争いのない事実に、成立に争いのない甲第一ないし五号証、同第八号証、同第一三ないし一八号証、乙第一ないし一二号証、同第一四、一五号証、原本の存在とその成立に争いのない甲第一一号証、同第二九号証、証人村上秀雄、同太田藤彦、同永野斉、同重岡洋右の各証言及び原告代表者、被告本人の各尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  従前の清掃法では、し尿浄化槽清掃業につき、浄化槽内汚物の収集は、し尿の汲取りと異なり、市町村の責務に属さないとの行政解釈がとられていたため、同法一五条一項の許可は必要ではないとされていたが、その後の浄化槽の普及に伴う弊害が云々されるに至り、厚生省も従来の行政解釈を変更し、昭和三七年五月一二日付環境衛生局長通知で、し尿浄化槽の汚物の収集(掃除を含む。)を業とするものは、同法一五条一項の許可を必要とするとの見解を示すに至つた。

ところが、本件組合の場合、し尿汲取りについては、業者がそれぞれ被告の許可を受けてこれに従事し、その指導のもとに担当区域を取り決めるなどの調整がはかられていたものの、浄化槽清掃については、前記の行政解釈の変更についてさえ十分な検討を加えることもなく、また浄化槽設置の状況、その実態につき調査することもなく、従来の運用を継続し、業者と設置者の個別的契約に委ねられている状況にあつた。

ところで、この間、原告は本社を北九州市に置く会社ではあつたが、組合管内においても、被告の許可を受けてし尿汲取り業を営むとともに、浄化槽の普及に伴いその維持・管理のほか清掃にも従事するようになり、昭和四五年三月二五日には、同管内のし尿汲取り部門を切り離し、同業者の太田藤彦と折半出資の株式会社全清公社を設立して、これに委ね、浄化槽関係部門を専門に取り扱うに至つたため、担当区域内の小口の設置者を顧客として浄化槽を取り扱つていた他の汲取り業者と異なり、後記の廃棄物処理法施行当時には、その活動範囲は管内全域に及び、設置浄化槽の約七〇パーセントを手がけるまでになつていた。

(二)  昭和四五年一二月二五日、清掃法が全面的に改正されて廃棄物処理法が公布され、翌四六年九月二四日施行されたが、新法ではし尿汲取り業を一般廃棄物処理業とし、し尿浄化槽清掃業についてはこれとは別個に規定し、これを業として行なおうとする者は、当該業を行なおうとする区域を管轄する市町村長の許可を受けなければならない旨定めたので、原告ら業者は直ちにその許可申請の手続をしたが、本件組合においては後記のような事情もあつて新法施行に伴う条例の制定が大幅に遅れ、昭和四七年五月一日ようやくその施行をみるに至り、これに基づいて改めて許可申請をすることとなり、原告は昭和四八年二月一二日、管内の汲取り業者で組織する福岡県清掃業連合会遠賀支部に加盟する六業者も相前後してほぼ同時期にそれぞれ許可申請をなした。

ところで、新法施行のころから、右支部加盟の汲取り業者の間には、将来浄化槽の普及増加につれて、汲取りへの需要が減少するうえ、浄化槽の清掃をほぼ独占する原告に新法の清掃業の許可が下りた場合、器材、設備、能力の点で優れる原告に従前小口にせよあつた顧客すら奪れかねないとの先行きへの不安感から、生活を脅かされるとの声があがり、同支部は被告に対し、再三にわたり、従来組合管内で許可を受けてし尿汲取りに従事してきた同支部加盟の業者のみに清掃業の許可を与え、汲取りと同様地域割りで処理するようにされたいとの趣旨を骨子とする陳情を繰り返し、原告と反目する状況にあつたため、前記許可申請後も、被告をはじめとする組合当局は、双方の代表と折衝を続け、昭和四八年三月八日、同年四月一日から九月末日までの間の暫定措置として、期間中正規の許可はしない、期間経過後は法律に従い覊束裁量により許可を与えるなど七項目(甲第一一号証)を双方に示したものの、同支部の業者の容れるところとならず、かえつて同支部から陳情が受け入れられないときは汲取り業務を一切拒否する旨の通告を受けるに及び、かくては当面の汲取業務が混乱することを慮り、原告にはし尿浄化槽清掃業の許可をしない方針を固め、原告に対しては同年四月一七日右措置を破棄する旨通知したうえ、法令の定める許可の基準に適合するや否やの、調査、検査等を何らなすことなく処分を保留し、他方同支部の六業者の申請に対しては、同月三〇日までに検査等を完了し、そのころ許可の基準を充したとしていずれも許可をし、右処分の保留が違法として原告から本訴が提起された後の昭和四九年二月二一日、請求原因2記載の三点の理由を付して本件不許可処分をなしたこと。

おおむね以上の事実を認めることができ、証人村上秀雄の証言並びに被告本人尋問の結果のうち、右認定に抵触する部分は、前記各証拠に照らして容易に信用しがたく、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  ところで廃棄物処理法九条一項が、し尿浄化槽の清掃を業として行なおうとする者は、当該業を行なおうとする区域を管轄する市町村長の許可を受けなければならないものと規定したのは、し尿浄化槽の急速な普及増加に伴い、その清掃の如何によつては、槽内に生じた汚でい等を排出するなどしてその放流水の適正な水質を確保できず、ひいては公共の水域を汚染させるなど各地域で環境衛生上重大な問題を惹起する可能性があることに鑑み、し尿浄化槽の機能点検及び清掃に関する一定の技術上の基準に適合する設備、器材及び能力を有する者に、し尿浄化槽の清掃及び汚でいの処理を行わせ、生活環境の保全上の支障を防止する必要性を認めたうえ、し尿浄化槽清掃業については、一般廃棄物処理業が市町村の固有事務に属しかつ原則として市町村自身またはその受託業者によつて行なわれる一般廃棄物の処理事業の全体的な計画との調整に関連して相当に広範な裁量の下に許可されるのとは著しく異り、市町村による一般廃棄物の処理事業との調整の必要性が少いし、かつ地域住民の需要に応じて良質廉価なサービスを簡便迅速に提供するため業者間の競争によつて業界の健全な発達を促進するのが好ましいとの考慮もあつて、一般廃棄物処理業とは別個に規制しようとしたものであると解せられる。したがつて、右の趣旨に照らせば、し尿浄化槽清掃業の許可は、一般廃棄物処理業の許可と異なり、同法九条二項に基づく施行細則(厚生省令)六条に定める許可の基準に適合している限り、市町村長には裁量の余地はなく必ず許可しなければならない、いわゆる覊束行為(処分)であると解するのが相当である。

これを本件にみるに、前記1認定の事実関係のもとにおいては、本件不許可処分は、法令に定められた許可の基準について何ら調査、検討を加えることなく、いわば門前払いの形でなされたものであつて、右処分に付された理由ないしそれを敷えんする被告の主張も、いずれも事実に合致しないか、不許可にするための方便のためのものにすぎないうえ、そもそも不許可の理由となし得ないものであるから、廃棄物処理法九条の趣旨に反する違法な処分といわざるを得ない。

三  以上の次第で、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 美山和義 江口寛志 佐々木茂美)

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